21世紀教育再生ー認識のParadigm shiftを通してー

日本から始まるIT以降の新経済・新教育

司馬遼太郎の精神と大阪

f:id:kotomiyagawa:20160603220956j:image

君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
ーー「21世紀を生きる君たちへ」司馬遼太郎


司馬遼太郎の義弟でもあり、司馬遼太郎記念館の館長でもある、上村洋行さんの講話を聞く機会がありました。

司馬遼太郎と聞けば、
誰もが何かしらその世界に触れ、魅了されたことがある人が多いのではないでしょうか。

司馬遼太郎は、大阪で生まれ、72年の生涯を大阪で過ごしたそうです。

学徒出陣で、戦車隊として戦争で戦い、22歳の時に敗戦。
その後、当初は新聞記者として15年を経て、それから作家の道へ進んだそうです。

今回、20歳離れた義弟さんのお話を聞き、司馬遼太郎が作家になり、なぜ作品を書き続けたのか、という話にすごく感銘を受けました。

22歳の敗戦の出来事により
「なぜ、日本で戦争が起きてしまったのか。」と強烈な問いが生まれ、
その答えを、作品を通して探し、22歳の自分へ作品で答えを返し続けていたとのこと。
司馬遼太郎の作品すべての根底に流れるものが
「日本人とは何か、人間とは何か、日本とは何か」

それを聞き
私は、司馬遼太郎の作品に流れる精神に対する見方が変わり、感銘を受けました。

ーー「空」の一点になりきれ

司馬遼太郎は言っていたそうで
そうならなければ、真実は見れない

自分を小さく小さくして
「裸眼」を大事にした司馬遼太郎

戦争をなぜ起こしたのか
日本とは?

それを問い続けた司馬遼太郎
21世紀を生きる私たちへ願ったものは

晴れあがった空のような心で
大地をふみしめつつ歩く
そんな真の日本人

私は、
その精神と生き方を
ぜひ今の時代に残していきたいと、心新たになりました。