21世紀教育再生ー認識のParadigm shiftを通してー

日本から始まるIT以降の新経済・新教育

緒方洪庵「適塾」の教育

 

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大阪市北浜に、

江戸時代の蘭学者・医学者でもあった緒方洪庵が開いた私塾「適塾」の史跡があります。

 

適塾」からは、「福沢諭吉」「橋本左内」「大村益次郎」「大鳥圭介」など、幕末から明治維新に活躍した人材が多く輩出され、吉田松陰の「松下村塾」と並んで、緒方洪庵の教育者としての高い評価も残る私塾です。

 

私も、大阪に来て、すぐに足を運んだ場所の一つですが、オフィス街の中で「適塾」に足を踏み入れた途端、緒方洪庵の意思や、塾生たちの息遣いがが脈々と感じられる場所です。

 

適塾」では、今のような学校教育とは違い、教える者と学ぶ者がとても密接で、互いに切磋琢磨し合うという制度で学問の研究がなされいました。

これは吉田松陰松下村塾も然り。

常に教える側、学ぶ側、という上下の関係ではなく、共に常に質問を投げ合い、ディスカッションをしながら、研究を深めていくスタイルです。

 

最近、日本でも、考える力の低下や、主体的に問題を解決していく力の衰えを解決する上で、西洋の「アクティブラーニング」導入がなされようとしています。

ですが、元来、日本人は「自ら、問題を発見し、考え、討議討論し、解決し、チームプレーで実践する」という素性が生活の中に根付いていた民族でした。

 

緒方洪庵吉田松陰以外にも、日本全国私塾があり、主体的な学びあいが活発に行われていた時代がずっと続いていたことは皆さんもご存知かと思います。

 

 適塾の「ヅーフ部屋」。「ヅーフ」と呼ばれていた塾に1冊しかない写本のオランダ日本辞典が置かれているこの部屋は、ひっきりなしに皆がおしかけ、一冊の本で、寝ずに勉強したという逸話があり、その部屋に入ると、日本を変えた若者たちが、どんな想いで学問に励んだか、その情熱が目の前に伝わってきます。

 

そして、25年の間に、3000人以上の塾生がここで学び、「松下村塾」は政治を中心とした偉人が輩出されましたが、「適塾」からは、医学、政治、文学、技術、教育、など、多方面で明治維新以降の日本を築いた人々が輩出されました。

 

なぜ、そのようなことができたのか?

 

私が感じたのは、

緒方洪庵という1人の医学者が、人徳、愛情、懇切さ、そして、時代への先見の目を持ち、新しいビジョンを見せ、自主自営で学び合う、仕組み作りを発揮したこと、ではないかと思います。

 

適塾」では、当時、緒方洪庵の「医学者」としての生き方、姿勢態度を受け取ることができ、心を打ちます。


「人のために生活して、自分のために生活しないことが医業の本当の姿である。安楽に生活することを思わず、また名声や利益を顧みることなく、ただ自分を捨てて人を救うことのみを願うべきであろう。」

 

医療の技術だけでなく、心の教育を大事にした緒方洪庵

福沢諭吉の自伝の逸話は有名ですが、緒方洪庵の塾生への愛情はとても深く、絆、関係性を大事にし合ったそうです。

 

そして、次の時代は、西洋の医療や蘭学を学ぶ重要性を感じ、国際的な視野と能力を若者たちに育ませ、さらに、強い日本人を輩出し続ける自主自営の仕組みを作った。

 

それを突き動かした緒方洪庵の人命救助への懇切さ。

 

そんな適塾の教育から、明治維新後、

世界と対等になる程に近代化した日本が、敗戦し、経済でもバブルがはじけ、今や、「教育」に対する認識や、概念も、戦後で大きく変わってしまいました。

 

 日本は、本当に、こんなものなのでしょうか。

 

今こそ、明治維新を完成させるタイミング がきているように思います。

それには、どんな人材が輩出されるべきか、そして、その人たちがどう連携できるが鍵になってきます。

 

大阪から日本を変えた若者たちが輩出されたように、これからの日本を変えていく、人材を育てていく新教育、新経済のビジョンを掲げているのが

Japan Mission Projectです。

提唱者、Noh Jesuは、日本人以上に日本を愛する韓国人、まるで平成の緒方洪庵のような人です。

 

12/18 は大阪にて講演会をします(^.^)

ぜひ、一緒に未来の日本を築いていく教育の革命家と出会いたい。

 

待ってます!!

 

宮川古都