21世紀教育再生ー認識のParadigm shiftを通してー

日本から始まるIT以降の新経済・新教育

『海賊とよばれた男』と福岡。無私の精神。

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先日、映画『海賊とよばれた男』を観てきました。

出光興産創業者の、出光佐三をモデルとした映画で、話題となっています。

 

『永遠の0』の百田尚樹原作、映画制作チームとのことで、『永遠の0』とセットで観るとさらにいいですね。 『永遠の0』がゼロ戦で戦った日本人の姿。そして、『海賊と呼ばれた男』が経済で戦った日本人の姿。大きく戦前と戦後にわけて、当時の世界と日本人をよく知ることができると感じました。両映画とも、映画のラストシーンがとても印象的でした。

 

出光佐三といえば、福岡県宗像出身。

宗像大社を篤く信奉したと言われています。

私も、大学が宗像にありましたので、大学時代は4年間、宗像に住んでいて、宗像大社にもよく足を運び、、。門司港に行けば、出光美術館があり、出光は身近だったようで、しかし、創業者、出光佐三の人となり、人生については、今回初めて知りました。

 

永遠の0もそうでしたが

こんなに日本人の精神が強かったんだ、という感動を覚えます。

 

戦前、戦時中、そして敗戦後、焼け野原の中でも

出光佐三の決断力、実行力は一貫していて、

ここまで世界に戦った日本人と日本企業があったことに驚きました。

 

なぜ、このようなことができたのだろうか、その背景を知りたく、出光佐三の著書をいくつか読んでみたのですが、節々、納得、そして感動するものがあります。

 

 個人主義はあくまで個人に固執する己にとらわれたる考え方であり、日本人の全体主義ーー外かから押し付けられた名称であるがーーは、自分を離れ虫の姿となって全体の幸福を目標とすることを前提とする。そして全体を考える場合には、個人を離れて全体に溶け込む無私の考え方である。個人主義の海の親であるとことの独裁の思想とは絶対に相反するものである。『人間尊重70年』より

 

などなど、出光佐三の信念の根底に流れる、日本精神の脈略を辿りながら、私たちが戦後教育で失ってしまったものを感じることができます。

 

出光は、皇室や宗像大社を篤く信奉していたそうですが、今の時代にイメージする皇室崇拝ではなく、2000年以上平和民族だった日本の大和の精神について語っていて、それを実践した人だったんだなと、理解できます。

 

海賊とよばれた男』が今の時代に、私たちの心にとても響き話題となっていますが

こんな日本人がいたんだ、ということを知ることと以上に、私たちには、本来、この無で団結する大和の魂があるけれども、今の時代の教育によって、認識できなくなっているということとを理解する必要があります。さらに、日本を築いた多くの先人の意志を引き継いでいくためには、現代のポスト身体社会・IT社会の時代に、真に人間が団結するには、抽象的な精神論だけでも限界であり、明確な人間に対する規定と、問題定義、問題解決の技術を提示できなければ突破できない時代であることにも気づいてほしいと思います。

 

戦争で戦い、経済で戦い、アジアで唯一チャンピオンにチャレンジした日本。だけど、負けてしまっている日本。

二度と戦争をしないと決断した日本だからこそ、

抽象的な無ではなく、今度は西洋と東洋を統合できる客観的な教育として発信し、そして真の平和を見せていく使命があると思います。

 

軍事戦争

経済戦争

そして

今の時代は

「教育戦争」

 

世界をリードする

日本になれる道。

 

その秘密が福岡の歴史にあります。

 

宗像大社について、そして日本の心につながる、究極の無について

韓国人でありながら、日本の可能性を一貫して言い続けている異端児Nohさんの講演会が福岡で開催されます。

宗像大社が、ただならぬ意味があることが、出光佐三の精神とつながって理解できると思います。

 

https://www.facebook.com/events/245378365886207/

ぜひ、ご参加ください!